2009年06月08日

「社会起業家」は存在しない

■メディアをにぎわす「社会起業家」
おそらく「社会起業」や「社会起業家」は、今後数年間、マスコミをにぎわすキーワードでしょう。
雑誌やWebでの「社会起業家特集」も多く、「社会起業家になりたい」という若者も多いですし、「社会起業家を支援したい」という人も急増しています。
以前から、福祉や教育についての企業は多くあり、NPOも増えていますが、若くて優秀な人が事業を通じて社会問題を解決しようとする姿勢が注目されているのでしょう。
「著名な社会起業家」、「日本を代表する社会起業家」と呼ばれる人も出てきています。
背景には、「経済的成長」への懐疑があると思います。
今後おそらく起業や出世で大儲けすることができない。だとすれば「社会的な尊敬を得る」ほうが「成功」じゃないか、という価値観の変化が、若い世代を中心に見て取れます。
成熟した日本社会で価値観が多様化することは不可避ですし、歓迎すべきことだと思っています。

■「社会起業家」とは誰か?
では、社会起業家とは、どんな人なのでしょうか?
よく言われるのは、「社会問題を事業を通じて解決しようとする人」だということです。
彼らが運営する企業・組織は、「社会的企業」や「ソーシャルベンチャー」と呼ばれています。

だとすれば、彼らが解決しようとする「社会問題」とは何でしょうか?

メディアを見る限り、主に教育、環境、貧困、福祉といったテーマで会社を起こし、継続している人が「社会起業家」と呼ばれているようです。

彼ら「社会起業家」と呼ばれる人たちのチャレンジとこれまでの苦難の道のり、これまでの実績には賛辞を惜しみません。
彼らの存在によって、多くの人が「助かった」と感じているのであれば、すばらしい事業体であることは間違いありません。

■「社会起業家」という言葉への疑問
ただ、疑問もあります。「社会起業家」という言葉についてです。
以下のようなケースについて考えてみます。

1.病気の子供の遅れがちな教育をサポートする企業を立ち上げた人は「社会起業家」と呼ばれるでしょう。
一方で、その病気の子供を治療する新薬を開発している創薬ベンチャー企業の社長は「社会起業家」とは呼ばれません。

2.過疎地の高齢者に食料品を届ける企業が社会的企業と呼ばれても、その物流を支える地元の運送会社はそう呼ばれません。

3.操作性のよい車椅子を開発する企業は社会的企業と呼ばれるでしょうが、乗り心地のよい自転車を開発する自転車メーカーはそう呼ばれません。

4.老人ホームに、おいしく体にいい中華料理を届ける企業があれば社会的企業と呼ばれるでしょうが、町で一番美味しく長年地元の人に愛されてきた中華料理屋はそう呼ばれません。

5.森の間伐材を使って家具をつくる人は社会起業家でしょうが、子供が勉強に集中しやすい学習机を開発した人はそう呼ばれません。

上記のどの企業も「いい仕事をしている」と思いますが、メディアによれば一方の経営者は「社会起業家」、一方は「普通の社長」です。
なぜその違いが起こるのか、明確に教えてくれる文章に出会ったことがありません。

■「社会起業家」と「ふつうの起業家」の違い
全ての事業は、社会に不満や課題、ニーズがあり、それを解決するべく存在しています。
そこで独自性を発揮し、継続性のあるビジネスモデルを開発した事業が、生き残ります。
そこにおいて、社会起業家も一般起業家も全く相違ありません。

社会起業家は、利益よりも社会の問題解決を事業の第一目的に置いている、そこが営利企業との違いだという意見もありますが、それは一般企業が利益だけを考えているといっているに等しく、非常に雑な議論です。

ただお金儲けだけをしたい起業家など、滅多にいません。
事業を成功させたい、その一心で日夜、寝食を忘れて格闘している起業家がほとんどで、「お金がほしい」だけであれば、決して長続きしません、というか割に合わない職業でしょう。

ビルゲイツはただお金持ちになりたくてマイクロソフトをつくったのでしょうか?最高のソフトウェアで世界を変えたいと思ったんじゃないでしょうか?Googleは、アップルは、トヨタは、創業者は社会を変革しようと思っていなかったのでしょうか?
「社会を変える」を意識しないはずはありません。社会を変えようとして成功したからこそ、彼らは尊敬される企業になったのでしょう。

ただ、現実的には教育、環境、福祉、貧困などのテーマにおける、株式会社の起業や、ちょっとユニークなNPOの立ち上げを「社会起業家」とみなす傾向があります。
逆にそれ以外で、ユニークな企業は、社会起業家とは見なされません。

極端な例かもしれませんが、
ある地方都市で、「この町においしいイタリア料理屋がないことは、大きな問題だ」と考えた人がいたとします。
その人が、地元の素材をつかったおいしいイタリア料理屋をつくり、地元住民に支持されて繁盛したとします。
このオーナーは、自分が考えるその地域の問題を、自分なりの方法で解決した人です。
でも、「社会起業家」と呼ばれることはありません。

■「社会起業家」は存在しない
「社会の問題を解決したいと思って起業する」人がいることは素晴らしいし、応援したいと思います。
ただ、教育・貧困・環境・福祉などの問題を解決する人が「社会起業家」であって、
それ以外の社会の課題を解決しても「社会起業家」とは呼ばれないのであれば、
「社会起業家」という言葉が示している「社会」や「社会問題」って、ものすごく小さい範囲の「社会」でしかありませんよね。

例えばユニクロは、日本人のカジュアル衣料に対する価値観を変えたと思います。
多くの人が「ユニクロがあって助かった」と思っているでしょう。
柳井社長が「社会起業家」と呼ばれることはありませんが、社会へのインパクトははかり知れません。

「社会起業家」になりたい、という意見をよく聞きます。
そういう意見を言う人には、私は上記のような議論をぶつけてみます。

■「社会起業家」は職業ではなく評価である
いま、社会起業家と分類されている方々も、決して「社会起業家になりたい」と思って起業したのではないでしょう。
彼らは「この問題を解決したい!」と強く思い、そのために事業や組織を興し、それが軌道に乗ったあとに、
マスコミや周囲が勝手に「社会起業家だ」と分類しはじめただけです。
社会起業家は「なろう」としてなるものではないのです。


NPOでも社会的企業でもその他の営利企業でも、全てのすぐれた起業家は、社会にインパクトを与えます。
起業家はすべて、ITでも、飲食でも、教育でも、福祉でも、自分がやりたいと思う領域で「社会を変える」「社会をよくする」ことを目指す、そしてそれを継続的に成長させる存在です。
それが成功した企業を「すぐれた企業」、リーダーを「すぐれた起業家」と呼びます。
その前提で、起業のうち、「社会」と「非社会」を区分する境界がどこにあるのか、そしてその区分に意味があるのか、意味があるならどのようなものか、私には理解できませんし、
「社会起業家になりたい」と語る人の「社会」や「起業家」が何を示しているのか、社会起業家志望の人から明確な回答を得たことがありません。
本当は存在しない「社会起業家」を無理に作り上げることで、社会起業家とは呼ばれなくても、それぞれの分野で汗をながして起業している方々の社会性や社会への思いが無視されるのであれば、
社会起業家などという言葉は必要ない、むしろ使うべきではないと思います。
posted by career2.0 at 13:17| Comment(6) | TrackBack(0) | コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
はじめまして。失礼します。
私は将来世界で貧困に苦しむ人たちのために働くことが出来ればと、社会起業家なることを考えています。
今年の夏に関西の大学のAO入試を受けるのですが、経済学部か社会学部、どちらで学べばよいのかまよっています。
社会起業家になるには、何について知る必要があるのか、教えてください。
Posted by htm at 2009年06月10日 20:17
htm様
コメントありがとうございます。
どれだけ先進国が豊かになっても、世界の貧困は一向に減りません。貧困に苦しむ人たちを、ぜひ救って下さい。

質問ですが、社会起業家は、自分で企業やNPOなどの組織を立ち上げた人々のことです。

例えばユニセフに代表される国際機関に就職
する方法もありますが、「起業」にこだわる理由はなぜでしょうか?
http://www.mofa-irc.go.jp/

社会起業家になる方法をお伝えすることはできませんが、もし起業にこだわる理由が明確なのであれば、社会起業家を紹介する本や雑誌を読み、魅力的だと思える人に会いに行って相談するのが最短距離だと思います。
当事者だけが知っている苦労や喜びを、まず知ることからはじめてはいかがでしょうか?
Posted by Career2.0 at 2009年06月11日 09:51
誤解を恐れずに申しますと、女性や子供、老人や障害者など社会的弱者(マイナスな環境)に対して製品やサービスを提供して、利益をあげて経済的にも持続可能な活動が社会起業と思います。自転車や家電など確かに世の中に対して利便性向上で大きな貢献をしている会社はありますが、働いてお金を作れる人をさらにプラスにしているだという理解で、働けないような自己解決が難しいマイナスな状況にある人達をプラスに変える活動ではないのではないかなと考えます。

あと社会起業を学ぶなら、立教大学の21世紀デザイン研究科やグロービス経営大学院のMBA、NPOだとETICやISLが参考になるかと。海外MBAですとハーバードやスタンフォードやデュークなど多くの大学院でソーシャルアントレプレナーのコースや科目があります。
Posted by at 2010年12月16日 02:38
 この記事、社会起業に関して、ほりえもんと同じ程度の低レベルの理解なんだよな〜。
Posted by 15点 at 2010年12月16日 05:48
コメントありがとうございます。
具体的なご意見にだけ回答いたします。(ホリエモン云々は内容が無いので何が言いたいのかわかりません。こういう方はたいてい小馬鹿にしながらもホリエモンが大好きです)
社会的弱者、社会問題をテーマにした起業であり、かつそれが持続可能であるという範囲の「社会起業家」は存在していいと思います。それは弱者の救済と組織の経済的持続という難しい課題を両立させており、すばらしいことだと思います。それは、そのような定義をすれば、という前提があります。

私が問題にしているのは、そのような限定的な意味で使われている「社会起業家」という言葉であるのに、「社会」「社会的」というあまりに抽象的な言葉が使われているために、言葉の意味が拡散しており、拡散した結果「社会とは何か」「いい社会とはどういう社会なのか」という重要な問いに目をつぶったまま起業家や企業を「社会」と非「社会」で区分しようとする安易なラベル貼りが普及していることです。

今「社会起業家」と呼ばれる人々の活躍は心から尊敬しています。私自身、そう称される一部のNPOの会員でもあります。

障害者の自立支援をする企業、教育の問題を解決する組織、育児の課題を解決するNPO等々、それらの組織のリーダー達はこれからの日本を代表する人々だとおもいますし、心から応援したい。

「社会起業家」という存在を定義づけたり、そのムーブメントに対して無理に抽象的な名前をつけるより、具体的な社会問題に立ち向かおうとしている彼ら個々の存在を真摯に応援することのほうが大切なのだと思います。
Posted by Career2.0 at 2010年12月16日 09:51
社会起業家はおっしゃる通りの方々かと思います。特段、社会に重大な地歩を固めるいるわけではないようです。そのような言葉を流行と、引いた姿勢で良いかと思います。いずれにしても、ご自身が何を誰と生み出すかだと、わたしは考えます。僕は企業人、ビジネスマンも苦手です。
Posted by yoshi at 2011年04月20日 08:41
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